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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2668号 判決 1975年8月20日

控訴人 高橋康乃

右訴訟代理人弁護士 神谷咸吉郎

土谷勝子

被控訴人 浅野真孝

右訴訟代理人弁護士 伊藤庄治

主文

本件控訴を棄却する。

ただし、原判決添付別紙第一、二図面を本判決添付別紙第一、二図面のとおり訂正する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠関係は次に付加訂正するほかは、原判決の事実欄に記載のとおりであるから、これを引用する。原判決二枚目裏二行目の「1」を「Ⅰ」と訂正し、同四枚目裏五行目の「(三)の建物」の次に「(以下これを(三)の建物という。)」を加える。

控訴代理人は、

一、本件賃貸地に対する控訴人の借地権の存続期間は昭和五八年一月三一日まで延長されている。すなわち、被控訴人は控訴人が右土地上に昭和三八年二月か三月頃(三)の建物を建築したことを知りながら異議を述べなかったから、借地法七条により、右建築時より二〇年間、つまり昭和五八年一月三一日まで控訴人は右賃貸地全体につき借地権を有することになる。また、仮に本来の建物が昭和四二年二月滅失したとすれば、右時点において借地権の存続期間をこえる新築された(三)の建物が存続し、これにつき異議がなかったから、本来の建物の滅失した時である昭和四二年二月から二〇年である昭和六二年一月三一日まで右賃貸地の全体につき控訴人が借地権を有することになる。

二、被控訴人の昭和四二年一一月一〇日にした異議には正当事由がない。すなわち、本件借地契約においては、増改築禁止および新築禁止の特約はなく、控訴人が昭和二六年(二)の建物の一階部分の増築をした際も、昭和三八年(三)の建物の新築をした際も、被控訴人はなんら異議を述べなかったので、控訴人としては、増築新築につき被控訴人は承諾するものと考えていた。(一)(二)の建物の増改築は社員寮としての借家契約が終了したため、当時老母と高校生をかかえた控訴人が収入を得るためやむをえずしたものである。(一)(二)の建物は当時なんらいたんでおらず、増改築しなくとも二〇年ないし三〇年は存続しえたのであり、右増改築は被控訴人の借地権存続期間に関する予測に反したことにならない。被控訴人の勤務先が移転したのは昭和四三年五月であるから、昭和四二年一一月一〇日の異議申出当時には通勤問題は生じていない。被控訴人の母ナヲは、昭和四二年五月幕張町五丁目に宅地一六五・二八平方メートルを買い受け、同土地上に昭和四三年一月木造スレート葺平家建床面積四二・二〇平方メートルを建築し、昭和四七年二月には右建物を増改築し、現在木造スレート亜鉛メッキ銅板交葺二階建床面積一階八〇・九七平方メートル、二階二四・七八平方メートルとなっている。従来被控訴人と同居していた弟真利は昭和四九年一月ナヲ所有の右建物に転居している。従って、被控訴人が現在の住居で手狭なことはない。被控訴人の昭和四八年分の給与、賞与を合わせた月平均収入額(税込)は金二五六、一八六円であり、同四九年分の給与等の支給額(税込)は月額最低一六五、七九〇円、最高二五四、八九五円であり、同年上期の賞与(税込)は金六四一、八〇〇円である。被控訴人は貯金三四〇万円を有し、毎月五万円の地代収入がある。被控訴人はこのほか資産として幕張町五丁目に宅地一八六・二八平方メートル(昭和四四年一〇月購入)を有し、昭和四六年には一五〇万円の借地契約更新料を取得している。このように、被控訴人は土地を購入するのに十分な資力を有し、鹿島建設株式会社が都内に有する社宅を利用することもでき、また住宅資金の貸付を受けることもできるのである。鹿島製作所への通勤には、本件賃貸地からでも一時間五一分かかり、被控訴人の現在の住居からの二時間一七分の通勤所要時間と余りかわらない。被控訴人は十分な資力を有しているのであるから、鹿島製作所付近の土地を購入するか、家を借りるべきである。

これに反し、控訴人は(二)の建物を収去するときは、生計上甚大な影響を受けることになる。すなわち、(二)の建物の一階は四畳半二間で、一間を控訴人の長男が使用し、他の一間は土間であって、(一)、(二)(三)の建物の居住者全員の共通の自転車等をいれる物置となっている。この物置は、(一)(三)の建物の居住者にとっても不可欠のものであり、(二)の建物を収去することになれば、(一)(三)の建物のアパート経営にも重大な支障をきたす。また、(二)の建物の二階は現在賃料月二五、〇〇〇円で賃貸しているので、同建物を収去することになればその収入が減少し、(三)の建物の現在アパートとして賃貸している部分を長男の部屋にすることになれば、その部分の賃料収入が減少することになる。控訴人の長男は現在東京医科歯科大学歯学部の四年生であり、卒業後は本件賃貸地上の建物で歯科医師として稼働しなければならない状況にある。

このように、控訴人側の事情と被控訴人側の事情とを比較して考量すれば、控訴人の異議には正当事由はないものというべきである。

と陳述し、

被控訴代理人は、

一、原判決添付図面(第一、二図面とも)の角DEFは九六度、角BAFは八五度である。

二、控訴人の前記一の主張を否認する。(三)の建物部分は本来の建物に接続して建築されており、被控訴人も建築後しばらく経ってからその建築されたことを知ったが、本来の建物に一部増築がされたものとばかり思っていたので、異議を述べなかったのである。(三)の建物部分は、本来の建物に接続して増築されたものであるから、それがたとえ別個の建物だとしても、従たる建物にすぎず、その建築に異議を述べなかったとしても、借地法七条の適用される余地はない。仮りに借地法七条が適用されるとしても、その借地の範囲は(三)の建物の敷地部分に限られるべきであり、(一)(二)の建物の敷地にまで及ぶことはない。ところで、被控訴人は本訴において(三)の建物の敷地については明渡を求めていないから、控訴人の主張はこの点からも失当である。

控訴人の前記二の主張については、被控訴人の母ナヲが控訴人主張の建物を建築したことは認めるが、これはナヲが学校を卒業して社会人となった被控訴人の弟真利のために建てたものである。真利は右建物に転居していない。同人は薬店経営上の必要から住民登録だけを移したのであり、現在も被控訴人と同居している。被控訴人の給与額は昭和四九年において一か月平均(手取)金一三五、〇〇〇円程度であり、同年一〇月分は残業手当込みで金一六七、七二〇円であったにすぎない。被控訴人が三四〇万円の貯金を有していることは認めるが、毎月の地代収入は従来から被控訴人の父久之が取得し、被控訴人の実際の収入とはなっていない。そして、この地代は現在値上げ請求を不服として供託されているので、現実には父の手にも入っていない。また、借地契約の更新料は久之が取得し、その生活費等に消費しているので、被控訴人の収入とはなっていない。鹿島建設株式会社の社宅入居については年令制限があり、また社宅そのものも手狭で年令四〇才の被控訴人には利用できない。被控訴人の現在の自宅から鹿島製作所へ二時間一七分では到達できない。始業時間に遅刻しないためには、≪証拠省略≫のとおりの時間表によらなければならない。控訴人は(二)の建物を収去したとしても、その居宅は従前どおり確保されており、そのうえ一六世帯も入居可能のアパートが手許に残るのであるから、その賃料収益によって十分に生活を維持することができる。特に、控訴人の長男はあと一年余で大学を卒業し、歯科医師として高額の収入を期待することができるし、控訴人の母ひさは不動産を所有し、控訴人の弟は医科大学教授の近くのマンションに居住しているのであるから、同人から控訴人は相当の扶養を受けることができる。その余の控訴人主張事実は争う。

と陳述した。

≪証拠関係省略≫

理由

一、当裁判所は、被控訴人の本訴請求は、原判決が認容した限度において理由があると判断するが、その理由の詳細は、次に付加訂正するほかは、原判決の理由欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決一〇枚目表一〇行目の「被告本人尋問の結果」の次に「(第一、二審)」を加え、同裏六行目の「申出」の次に「(この異議の申出についてはなんら合理的理由を必要とするものではない。)」を加え、同一二枚目表八行目の「原告本人尋問の結果」の次に「(第一、二審)」を加え、次の行の「社傘下の鹿島製作所」とあるを「社の一事業部である鹿島製作所に勤務する同会社」と訂正し、同一三枚目表五行目の「被告本人尋問の結果」の次に「(第一、二審)」を加え、次の行の「三年」とあるを「四年」と訂正し、同表末行目の「現在」とあるを「昭和四九年六月現在において」と訂正し、同裏四行目の「二万円」とあるを「二五、〇〇〇円」、同行目の「三世帯」とあるを「四世帯」、次の行の「一七万円」とあるを「二一万円」、同一四枚目表八行目の「一七万円」とあるを「二一万円」、同一五枚目表一〇行目の「二万円」とあるを「二五、〇〇〇円」と各訂正する。

二、原判決添付図面(第一、二図とも)の角DEFが九六度、角BAFが八五度であることは、控訴人の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

三、(一) 次に控訴代理人が当審でした前記主張一について判断する。

借地法七条による法定更新が成立するためには、借地権消滅前に借地上の既存建物が存在しなくなり、その後借地権の残存期間をこえる建物を借地人が借地上に築造した場合でなければならず、右既存の建物が存在するのに、これとは別個に借地上の空地に新しい建物を借地人が築造したときは、右の借地法七条による法定更新の成立する場合にはあたらないことは、同条文の規定上明らかである。従って、その場合にもなお借地法七条の規定の適用されることを前提とする控訴人の主張は理由がなく、採用できない。

(二) 控訴代理人が当審でした前記主張二について判断する。

控訴人と被控訴人間に本件借地契約においては増改築禁止および新築禁止の特約の存しなかったことは、前記(本判決の引用する原判決の説示するところ)のとおりであるが、そのことをもって借地人が借地期間をこえて存続するような建物を新築した場合につき、賃貸人が借地法七条の異議権を行使することが許されないとか、あるいは、この事実をもって同法六条の異議の正当事由の内容となしえないものであると解すべきでないことは明らかである。

同法六条の異議の正当事由は借地権消滅の時点ないし更新拒絶のなされた時点のみならず、その時点から極めて近い将来の事情として高い蓋然性をもって予想される事情をも含めて考慮されるべきである。そして、被控訴人の川越市の鹿島製作所への転勤は昭和四二年一一月一〇日の異議申出当時既に近々のこととして予想されていたものであることは、≪証拠省略≫によって推認しうるところであるから、この転勤の事情をもって正当事由の一内容とし考慮することの許されることはいうまでもない。

被控訴人の弟真利は、薬局を開業するための便宜上住民登録を被控訴人のところから他に転出したにすぎず、実際は依然として被控訴人と同居しており、控訴人主張の五万円の地代収入(現在は供託されており、現実には受領していない。)は被控訴人の父が取得してその生活費に費消し、幕張町の被控訴人の現在の自宅から川越市の鹿島製作所までの通勤時間は、始業開始時間に多少の余裕をもって到達するためには、三時間程をみるべきであり、これに反し、本件賃貸地からは約一時間半ですみ、被控訴人が川越市付近に土地建物を購入するに十分な資力を有するものでないことは、≪証拠省略≫によって認めることができる。その他の控訴代理人主張の右事実は、ほぼそのとおりに、≪証拠省略≫によって認めることができるが、これらの事実をしんしゃくし総合的に判断しても、被控訴人の異議には、(二)の建物の敷地に相当する原判決の別紙目録(四)の土地部分について正当事由が存するというべきである。

四、そうすれば、被控訴人の本訴請求を前記の限度で認容した原判決は相当で、控訴人の控訴は理由がないから、これを棄却すべきである。ただし、被控訴人の当審における主張に従って原判決添付別紙第一、二図面を本判決添付別紙第一、二図面のとおり訂正する。そこで、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 満田文彦 裁判官 鈴木重信 小田原満知子)

<以下省略>

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